「市場型間接金融の新たな枠組みへの提案」

昨日、金融庁に提出した提案書です。

平成20年10月30日
ディー・ブレイン証券株式会社
代表取締役/公認会計士 出 縄 良 人

背景および骨子

 欧米金融危機に伴う金融不安と景況感の悪化によって国民の資金はますます預金取扱金融機関(以下、単に「金融機関」という。)への集中が予想される。金融機関の資金は安全資産に逃避して企業への資金供給が停滞。経済活動が滞って企業の業績が悪化し、金融機関はさらに資金供給に慎重となる悪循環となることが想定される。
 その中で金融機関が企業に資金を供給する新たな枠組みが求められるところ。かつて日本経済の高度成長期には土地を担保とする融資が主流で、土地の価値の上昇が貸倒損失リスクをカバーする構造であった。土地の価格上昇の前提が崩れた今日、企業の倒産率に変化がないとすれば、マクロ的にリスクをカバーする新たな構造を作らない限り、中小企業に円滑に資金供給を行うことはできない。
 公的資金負担をできる限り少なく、金融機関の経営が安定化する方策として、金融機関の資金調達について、預金によるデット型調達からエクイティ型調達に一部転換して自己資本を増強するともに、金融機関から企業への資金供給の方法の一部をデットからエクイティに転換。企業が利益を蓄積することにより価値が上昇するエクイティの性格を利用して、一部の企業のエクイティ価値の上昇によって倒産する他の企業の損失をカバーする構造を構築。金融機関が中小企業に資金を供給しやすくする枠組みを考案する。

金融機関の自己資本増強策

 地域金融機関においては、上場銀行は普通株式を発行して機関投資家や事業法人がこれに出資を行い、自己資本の充実を図っている。非上場銀行においても大手都市銀行が経営支配権をもつために増資に応じる等によって自己資本充実を図ってきた。しかし、それでも一定の配当の維持等、株主価値を毀損させない配慮のために、コストが低い預金調達を優先し、その結果として、自己資本比率は一定比率以下に抑えられているケースが多い。
一般企業においては自己資本比率が5割を超える優良企業もある中で、銀行は預金中心の構造となっている。預金調達の比率が高く自己資本比率が低ければいわゆる「レバレッジ」が働いてROE(Return on Equity)は高まるが、ROA(Return on Asset)で考えれば同じであり、調達はエクイティの比率が高い方が経営の安定性は高まるのは当然である。
 これまでの議論では、金融機関に対するエクイティ型の資金供給を国家の財政負担により行うことを前提としているが、ここでは、預金者を対象として幅広くエクイティを調達する(あるいは預金の一部をエクイティに転換する)方法を考察したい。

地方銀行の株式の発行

 地方銀行等の株式会社の銀行においては、現行会社法において株式発行による資金調達が可能である。上場銀行においては、証券会社を通じた公募増資を実施する等の方法で自己資本の調達を行っている。これは現在、モルガンスタンレーの増資に応じた三菱UFJフィナンシャルグループが行う増資にも見られることである。
 ところで、金融機関に増資に応じる投資家は、証券会社を通じて株式投資を行う一部の機関投資家、事業法人及び個人投資家に限定されているのが現状である。事業法人及び個人投資家については、株式投資に関心のある一部の法人及び個人であって、銘柄選択の中でその金融機関を選んでいるに過ぎない。地域の法人や個人が地域金融機関の預金は保有していても、株式を保有しているのは例外的である。最近、私が行った地域の中小企業経営者向けセミナーにおけるヒアリングでは、地元金融機関の株式を保有する企業または経営者は3%*1に満たない。
 そこで、まず預金者である事業法人または個人を対象として、上場地方銀行が株式を募集する方法を検討する。上場している普通株式を証券会社を通じて募集することは可能であるが、株価が下落傾向にある中で十分な調達が行えない可能性が高く、希薄化も気になるところである。検討すべきは種類株。安定的な配当の魅力を高め、破綻した場合に優先的に残余財産の分配が行われる優先株式の発行を預金者に対して行う。預金で優先株式を買付けることになることから、預金のエクイティへの転換とも言える。
 なお、普通株が上場している会社(上場会社)が発行する優先株については、優先株それ自体を上場しなくても、証券会社を通じて募集及び売買が可能である(日本証券業協会「店頭有価証券に関する規則」第8条)。また、日本証券業協会グリーンシート*2銘柄として指定することにより、募集力及び流動性を高める*3*4ことも可能である(日本証券業協会グリーンシート銘柄およびフェニックス銘柄に関する規則」第2条第5号)。なお、非上場の銀行についても、金融商品取引法の継続開示会社であるのが一般であることから、グリーンシート銘柄の指定を受けることで同様に証券会社による募集及び売買が可能である。この他、流動性を付与する方法として、取得請求権付種類株式*5として株主の請求に応じて金融機関に買取り義務がある株式を発行する方法も考えられる。
 当該種類株については、需給の変動に伴う価格変動による短期的な損失リスクを投資者に負わせることがないように、四半期ごとに公表する貸借対照表における自己資本を基礎として一定の方法により算定した基準価格を主幹事証券会社が公表して、募集価格または売買価格とする方法が望ましいと考える。

信用金庫の優先出資証券発行

 信用金庫は、「協同組織金融機関の優先出資に関する法律」により優先出資証券の発行が可能である。しかし、同法に基づき優先出資証券を発行しているのは信金中央金庫*6のみで、信用金庫が優先出資証券を発行している例は確認できていない。
 信用金庫の取引先は信用金庫に出資を行うことを前提としているが、この出資は普通出資である。その出資額はほぼ1社1口1万円で、資本調達としては、ほとんど機能していない。普通出資は額面発行が行われているが、優先出資は額面以上の発行価額(時価発行)を行うことが可能で、株式会社における優先株と同等の効果が期待できる。そこで、ここでは信用金庫が、地域預金者等を対象として、優先出資証券の発行を行って自己資本を充実する方策について考察する。
 株式会社の銀行と同様、預金者を対象に募集を行うことは現行制度上で可能である。当該出資証券は金融商品取引法第2条第1項第6号の有価証券に該当し、証券会社を通じた募集及び売買も可能である*7
 信用金庫は地域経済と密接なつながりを持っていることから、地方銀行以上に地域預金者を対象とする拡大縁故募集は適している。またすでに出資金として取引先に幅広く出資証券を発行している実績をもつことから、出資者である会員を対象とした優先出資証券の募集も有効であろう。
 なお日本証券業協会の「グリーンシート銘柄及びフェニックス銘柄に関する規則」では、SPC区分に優先出資証券に関する規定があるが、この優先出資証券は「資産流動化法」に基づき発行された優先出資証券のみを対象としており、「協同組織金融機関の優先出資に関する法律」に基づき発行される優先出資証券、は対象とされていない。したがって信用金庫の発行する優先出資証券はグリーンシート銘柄に指定することは、現状ではできない。株式と異なり優先出資証券はグリーンシート銘柄に指定されてなくても証券会社が募集取扱や売買仲介は行えることから支障はないものの、流動性を向上させるためには銀行の発行する優先株同様にグリーンシート銘柄としての取扱を可能とすべく規則改正が望まれる。
 優先出資証券の募集価格及び売買価格については、銀行の優先株と同様、自己資本を基礎として一定の価格より算定する方法が望ましいと考える。

その他の金融機関の資本増強

信用組合農業協同組合等の他の金融機関においても、「協同組織金融機関の優先出資に関する法律」により優先出資証券の発行が可能である。信用金庫と同様の方法によって資本増強ができる。優先出資証券を拡大縁故募集することによって資本調達が可能な金融機関は以下のとおりである。
1.信用協同組合及び信用協同組合連合会(全信協
2.農業協同組合及び農業協同組合連合会(全農)
3.漁業協同組合及び漁業協同組合連合会
4.労働金庫及び労働金庫連合会
5.農林中央金庫

中小企業へのエクイティ型資金供給の促進

 わが国において金融機関から中小企業への資金供給は、貸付金(一部は社債)による供給への依存度が高い。一般に金融機関では、厳格な与信管理と返済管理、担保及び個人保証の設定並びに公的信用保証制度の活用によって、これまでリスクを軽減して金融機関としての健全な経営に務めてきた。
 しかし、資産担保価値上昇の前提が崩れたことにより、不良債権の処理能力が大きく低下。今後の景気悪化に伴い不良債権比率の上昇が見込まれる中、金融機関の健全な経営の維持は重大な危機に瀕していると言えよう。
 そこで、検討すべきはエクイティを利用した資金供給である。デットは元本返済という契約上の性格を有することから額面金額によって評価額の上限が制限され上方硬直性をもつが、エクイティは解散に伴う分配権を有することから、資金供給先が利益を蓄積する等により解散価値を高めると、元本を上回る価値の上昇が期待できる性格を有する。一方、資金供給先が破綻することによる損失リスクについて、担保及び保証によりカバーされている部分を除くと、残余財産の分配順位の違いはあるものの、現実には分配できる資産が残らないことが多いことから、デットとエクイティに大きな差はない。
 このようなデットとエクイティの性格の違いを考慮すると、複数の企業への資金供給を前提とした場合には、一部の企業への資金供給元本の価値の上昇を他の企業への貸倒損失に充当することが可能なエクイティによる資金供給がデットによる資金供給より、損失負担能力が優れていることがわかる。
 また、エクイティによる資金調達の割合が高い会社は、デットの資金調達への依存度が高い会社と比較すると、返済負担が少ないためにキャッシュフローが優れていることから、倒産する確率が低いことにも注目すべきである。
すなわち、中小企業の資金調達がデットからエクイティへの転換が進むことにより、金融機関は不良債権比率を下げることができると同時に、不良債権処理の負担力を高めることができるわけである。
しかしながら、中小企業が発行する株式を単に金融機関が引き受ける場合には、次のようなハードルがある。
a.金融機関には株式保有制限があり、特別の場合を除いて、株式会社の発行済株式数の5%を超える株式を保有できない。
b.未上場会社の発行する株式については、自己資本比率の算定において100%控除資産となるため、未上場株式の保有金額が大きいほど自己資本比率が下がる。
c.未上場会社の発行する株式については、換金の場が用意されていないことから、解散価値が上昇したとしても、それを実現することが難しい。
d.貸付金利息と異なり、株式に対する配当は株主総会決議によるものであって、それが獲得できる保証はない。
e.金融機関にはエクイティに投資をする経験が少なく、エクイティの適正な評価とリスク管理のノウハウが乏しい。
このような状況において、金融機関がエクイティ資金を供給する仕組みとして以下の方法を考察する。

融資先に対する債権を個別に現物出資する方法

 融資先に対する貸付金を現物出資して金融機関が直接的に融資先の株式を取得する。金融機関が保有することとなる株式の評価額の透明性を高めるために、現物出資の条件として会計監査または会計参与の設置を義務づける。
 ここで上記のうちのa.c.e.の解決を図るためには、グリーンシート銘柄制度の利用が考えられる。グリーンシート銘柄では専門の証券会社が審査と評価を行うとともに、一定の流動性が期待できる。さらに現物出資により取得する株式を優先株(無議決権株)とすることで5%ルールの解決を図る。d.については、配当金のほか利益を蓄積して価値が上昇する企業の株式の売却によるキャピタルゲインインカムゲインに代替する。
 b.については法制度上の解決が求められる。

融資先に対する債権を現物出資して証券化する方法

 「中小企業支援基金」(仮称:以下「基金」という。)を投資事業有限責任組合法に基づき、専門会社が設立。当該基金に対して、金融機関が貸付金を現物出資し、金融機関は基金の持分を取得する。基金持分は集団投資スキーム持分として金融商品取引法のみなし有価証券(証券化商品)*8となる。
続いて、基金は取得した貸付金を融資先に対して現物出資。多くの会社の株式を保有する基金となる。当該株式について、基金では価値の成長を図った上で、上場またはグリーンシート銘柄指定、関係先への株式売却等の方法によって価値の成長を図った上で資金化をする。基金は資金化に伴う分配を金融機関に対して実施する。
 この方法では金融機関が保有するのは株式ではなく基金の持分であることから、基金の運営者がエクイティの専門家である場合、a.とe.の問題は解決。基金について自己資本比率規制における控除資産から除外する規則改正を行うことによりb.を解決。c.については、個別の株式の価値の上昇を他の株式の価値の下落に充当する際に資金化及び利益の実現が必要であるが、基金にして間接的に株式を保有する場合には、基金の決算において含み益と含み損とを相殺する会計処理により、基金全体に評価減が求められる可能性は低くなりは必要なく、金融機関の保有する基金持分について減損は限定できる。残る問題はd.だが、これは、金融機関が実施する資本調達の範囲内で行うこととすれば、問題はない。
基金が組み入れることとなる株式評価を適正に行うためには、信頼性の高い財務諸表が作成される必要がある。金融機関が基金に貸付金を現物出資した上で、基金が当該貸付金を個別の企業の現物出資に当てるための条件として、会計監査人の設置または会計参与の設置を義務付けるべきであろう。企業としても現物出資によって借入金の返済負担が消滅するメリットがあることから、この条件を受け入れる可能性は高い。
基金については、5年から10年の期間を定め、満期に解散して分配するクローズエンド型*9が一般的である。この場合には、満期までに保有する株式を売却して資金化するか、現物での分配が必要となる。売却については流動性を確保する方法としてグリーンシート銘柄制度の利用が考えられる。現物での分配を行った場合は、満期後は1)の金融機関が個別に株式を取得する場合と同様となる。

新株予約権の活用

 金融機関が貸付金を株式に転換または、基金を通じた間接的なエクイティ保有を行うことに代えて、貸付金を転換社債型新株予約権付社債に転換する方法を検討する。この方法は、融資先の利益蓄積による新株予約権の価値の上昇が他の融資先の損失をカバーするエクイティの性格を有するとともに、元本返済の期待もできる性格を有する。
 1)と同様、金融機関が個別に保有する方法のほか、2)と同様に貸付金の現物出資を受けた基金転換社債型新株予約権付社債に転換する方法が検討可能である。
 なお、融資先企業においては、転換が進むまでの間は債務弁済の義務があることから、財務体質の改善に直ちにつながらない問題はある。

金融機関の保有する有価証券の時価評価について

エクイティの性格を利用して信用リスクを軽減する新たな市場型間接金融の枠組みを構築するに当たり、エクイティの会計上の評価方法も重要である。
金融機関が保有する有価証券のうち、満期まで保有する証券化商品については時価評価対象から除外する検討が行われているところである。一方、上場株式の評価については市場価格による時価評価が原則とされているところであるが、市場価格が需給の偏りにより異常値を示す環境下において検討をすべきと考える。例えば、時価については、「市場価格」と「1株あたり純資産価額」(会計監査において適正意見である場合に限る。)のいずれか高い価額とする等が考えられる。
上記3にて検討した未上場株式の評価についても、解散価値である1株あたり純資産額を原則とし、グリーンシート銘柄である場合には、グリーンシート銘柄としての市場価格と1株あたり純資産価額のいずれか高い価額を時価として認めることを検討すべきである。なおこの場合1株あたり純資産価額の適正性を確保するために、会計監査または会計参与の設置を前提とすべきことは言うまでもない。

金融庁の政策への提案

  金融庁には、金融機関のエクイティ資金の調達およびエクイティ型資金供給を促進するための政策立案及び実行をお願いしたい。具体的には以下の政策が考えられる。
a.金融機関の自己資本比率規制について自発的に自己資本を厚くする目標設定と報奨制度の創設。
b.金融機関が発行する優先株式または優先出資証券について、これを保有する個人に対して一定額の損失保証を行う制度の創設。
c.金融機関が発行する優先株式または優先出資証券について、金融機関が買取またはこれらを担保として貸付を行う場合の法令規則等の整備。
d.金融機関が単独または複数で債権を現物出資して基金を設立し、当該基金が当該債権を現物出資して株式を保有する場合における、当該基金に関する法令規則等の整備
e.金融機関が債権を現物出資して株式を保有する場合及び?の基金の持分を保有する場合における自己資本比率規制の特例に関する法令規則等の整備
f.金融機関が保有する有価証券の評価における時価の考え方における規則の整備
g.金融機関が優先株式または優先出資証券を発行する場合において、一定割合について公的資金での引受
h.金融機関が債権を現物出資して基金を設立する場合において、当該基金の財務基盤強化を目的とする公的資金の当該基金への出資
i.エクイティを活用する市場型間接金融のあり方に関する研究会の発足と教育・啓蒙活動の推進

以上

*1:浜松市及び大分市で行った中小企業経営者向けのセミナーでおいて、それぞれ静岡銀行大分銀行の株主であるか否かについての問いを実施したところ、株主であるとの回答は、前者の場合200名中3名、後者の場合150名中2名であった。

*2:一定のディスクロージャー及び会計監査等を条件に日本証券業協会が銘柄指定を行うことで未上場会社の証券会社取扱を可能とした制度。中小企業が株式募集による資金調達や証券会社を通じた株式の流通売買が行われている。

*3:グリーンシート銘柄は証券会社が継続して気配を公表することが義務付けられている。現状のグリーンシート銘柄は、取引所に準じて売買注文に基づく気配を公表しているが、株価を市場の需給による変動に任せずに、例えば四半期毎に四半期開示における発行会社の自己資本(純資産)を基礎として一定の方法により算定した価額を基準価格として公表することも可能と考えられる。

*4:グリーンシート銘柄については「拡大縁故募集」という手法で、発行会社の顧客・取引先・地域等から安定株主を求める募集が現に行われている。この手法を金融機関に用いることにより、地域から幅広く資本を調達することが可能と考えられる。

*5:取得請求権種類株式においては、請求権行使開始日、(最低)買取価格を定めることができることから、株主にとって極めて預金に近い性格を持たせることができる。

*6:信金中央金庫の発行する優先出資証券は東京証券取引所に上場している。

*7:日本証券業協会の規則においては、信用金庫の発行する出資証券を証券会社が募集の取扱または売買の仲介等を行うことを妨げる規制は存在しない。

*8:米国では原資産価値の毀損によって損失が拡大した証券化商品が金融危機を招いたが、その主因は過度なレバレッジにあると考えられる。高格付を取得して優先的に返済されるデットが存在したため、劣後するメザニンやエクイティが損失の拡大につながった。基金ではすべてをエクイティとすることにより、原資産の価値が毀損した場合も、損失を均一化して損失の拡大を防止することが重要である。

*9:満期を定めないオープンエンド型として基金の形で金融機関が継続的に保有する方法も検討すべきであろう。特に、基金に対して複数の金融機関が現物出資を行う場合、満期時に売却不能となった株式の現物分配において他の金融機関の融資先株式についても持分に対応する分配が行われることとなり、抵抗があると考えられる。